福地です。
FabFilterユーザーのエンジニアやアーティストを訪問するコーナーの第3回目。
今回お話を伺ったのは、実践コードワークシリーズなど多くの書籍を執筆し、冨田勲さんの「イーハトーヴ交響曲」への出演、Think MIDI 2015の音楽プロデューサーや2023年7月28日~8月31日まで国立科学博物館がかけはし芸術文化振興財団と共同で主催する初めてVR空間で実施するフルバーチャル企画展「電子楽器の創造展」の全BGMを制作、各種イベントのテーマソングやBGMを手掛けるなど幅広い活動で知られる篠田元一氏と、ゲームミュージックのクリエイターで現在はモトミュージック所属の井藤淳氏。
お二方は義父と義子という関係で現在は自宅内スタジオと同じ敷地内にある別のスタジオでそれぞれ作業をされているとのこと。ライブもできそうなくらいの広さのブースと篠田氏の制作ルームや集中して制作に打ち込めそうな井藤氏の制作ルームなど、多くのスペースを見せて頂きながらお話を伺いました。
篠田元一 / 井藤淳
篠田:以前は向かいの建物に自分のスタジオがあったのですが、手狭になったことや様々な要因が重なって広めのブースを作ることにしました。あとは自宅内に淳くん(井藤氏)の作業部屋があります。私のスタジオとこのブースとはDANTEで繋がっていて、録音はスタジオの方でもできるようになっています。
先日も堤有加さんのアルバム『RADIATION』をここでレコーディングしました。そのアルバムのミックスも井藤が担当しました。
そのアルバムのミックスは井藤さんが行い、プロデュースは篠田さんということでしょうか?では、井藤さんのミックス作業についてお伺いしていこうかと思います。ミックス作業は井藤さんの作業部屋で行われたのですか?
篠田:楽器類は広いブースを作ったのでそこで演奏してもらいました。録った素材は井藤の作業部屋でミックスをやってもらいました。ここのブースで録った川口千里ちゃんのドラムの音もいい音で録れたと思います。
ミックス作業に関しては、ある程度進んだ段階で聴かせてもらって、もうちょっとこうしてほしいとかアイデアや要望を出しましたけど、基本的にはお任せで井藤が一人で進めてもらっていたのでプラグインは何を使ったとかまではわからないんですよ。
今回、ミックスの実作業を担当されたのは井藤さんということで、井藤さんについてバックグラウンド的なお話を少し聞かせてもらえますか?
井藤:高校生くらいにDTMを始めまして、その後大阪音楽大学に入学し作曲を勉強していました。その後楽譜関係の勉強をしていたのですが、なかなか喰っていける気配がなくて、職業とするには何をすればいいのか考えまして元々好きだったDTMをもっと勉強しようということで専門学校に入り直しました。その後、ゲーム音楽などの制作会社を経て現在に至ります。
その制作会社勤務時代に海外の情報サイトなどで様々なプラグインの情報を得るようなことはしていたんですね。そのころにFabFilterというブランドはすでに知っていて興味はありましたし、周囲の評判も良かったのを覚えています。その後、会社で何かプラグインを導入しようという話になってFabFilterのTotal bundleを導入してFabFilterユーザーとなりました。
ミックスなどに関する知識は専門学校で習われたということでしょうか?
井藤:そうですね、もちろん現場で培ったものもありますが、DTMに関する知識やミックス、アレンジなどは専門学校で勉強しました。
数あるEQの中でPro-Q 3を選択するシチュエーションはどんなときですか?
井藤:今回、ミックスを担当したアルバムを例にお話しさせていただきますね。
いくつかのシーンでPro-Q 3じゃなきゃできなかったと思えることがありました。例えば、アコースティックギターのパートでソロの部分ではマイクとピエゾピックアップの音を混ぜて使ったんですが、強くピッキングされている部分ではポコポコと音が鳴ってしまうので、その部分をPro-Q 3で抑える処理をしました。
ローカットも使っていますが、ダイナミックEQでその瞬間だけを抑え込みたいときにはPro-Q 3は有効ですね。シンプルなEQを使用して調整した場合は楽器の芯が無くなってしまうので、必要な時に必要な分だけ抑えられるのは楽器本来の魅力を残しつつしっかりと聞かせることができるのでとても大切だと思っています。
Pro-Q 3を使ってみて、どのような印象を持たれていますか?
井藤:音がクリアであるところや操作性の良さとか長所はいろいろありますが、私が一番好きなところはダイナミックEQの精度と使いやすさなんです。ダイナミックEQをかけたときに変な感じにならずに必要な帯域を必要なだけ取り除けることが好きです。
先日ミックスを担当させてもらった堤有加さんのアルバムに収録した音源を例に紹介すると、ギターのトラックでつま弾く感じとストロークが入り混じったテイクがあるのですが、つま弾いているときは低音がしっかり鳴っていてほしいのですが、そのままストロークに入ると低音弦の音が目立ちすぎてしまってバランスが崩れてしまうんです。そういうときにダイナミックEQを使うことで必要な時にだけEQが働いて抑え込んでくれて、それ以外のときはしっかりとふくよかな音を出してくれます。こういった処理はダイナミックEQでなければできないですね。
ダイナミックEQを選択した理由はどんな点でしょうか?
井藤:以前からミックスをするときに「ある帯域をある瞬間だけ抑え込む」ということがミックスにとって重要なことなのではないかと思っていまして、他メーカーの同様のプラグインを使用してみたり、ある一定の帯域が鳴る部分だけ別トラックに分けて別のEQ処理をして…っていうこともやっていたんですけど、どこかでEQ前後で音が変わってしまっていたり、音として破綻具合が気になってしまっていて、EQという一つの領域の中で時間軸の中におけるある瞬間のある帯域をどうにか触りたいとずっと思っていたんです。どうしてもEQというフェイズの中でそれ(ダイナミックEQ)を行いたかったので最初に他メーカーのものを知ったのでそれを使用していましたが、後にPro-Qを知ってこちらの方がはるかに自然な処理ができることがわかり、それ以来ずっとメインで使っています。
おすすめ、または気に入っている機能はありますか?
井藤:今回のアルバムのミックスをやっているときに篠田さんが後ろから「オルガンの上声部と下声部のバランスを変えられないか?」という注文がありました。その部分は低い音の上の方でコードを鳴らしつつ、下の方でバッキングしているパートがあったのですが、音色的に高音部よりも低音部の方にウェイトがかかっていたんですけど、高音部の伸ばしているコードがカッコいいのではないか?ここをどうにか目立つようにできないか?と言われたんです。そこでこの部分の和音を確認してCメジャーだったので、表示をキーボードモードに変更して該当する和音の部分だけを持ち上げたんです。そうしたら見事にバランスが思い通りになって満足してもらえました。オルガンという楽器の特性上、その音の周波数を突けば(上げれば)出てくると思っていました。この表示って普段は使わないんですけど、FabFilterの好きな点の一つに「こうしたい!」って思ったときに、そこに行きつく手段(ツール)が用意されているところがあるんですよね。今のイコライジングも周波数表示だったとしてもできるんですが、音階表示になっている方がはるかに操作が早くできますよね。
あと、サイドチェーンでダイナミックEQが使えるという点も大きいですね。これはミックスをしているときにとてもやりたかったことなんです。
ドラムとベースが両方ともガッツリ演奏されていて両方ともちゃんと鳴ってほしいところがあるんですけど、そうすると100Hz以下がダンゴのようになってしまっていい雰囲気にならなかったんです。そういう時にドラムへのEQをサイドチェーンモードにして、ベースをトリガーに動作するように設定したんです。そうすることで瞬間的に重なった部分だけにEQが動作してそれぞれの音を両立させられるのはPro-Q 3だけなのでこれは本当に助かっています。
普通に考えるとEQにサイドチェーンがついているってなんだ?っていうか、新しい感じがしますよね(笑)。こういうことができると音を時間軸で見つつ帯域で処理できるっていう新しい価値観っていうんですかね。今までは音を縦というか音の高さでしかEQを触れなかったのが時間軸でも触れるようになったのは良いなと思うところです。
篠田:これだけのことができて、実際のところ処理速度ってどうなの?
井藤:FabFilter製品ってみんなものすごく軽いですよ。あともう一つ、M/Sで使えることもいいですし、Lだけ、RだけにEQを適用できる点も気が利いている感じがしますね。
篠田:え?どういうこと?
井藤:ステレオトラック内の右だけ、左だけ、とか真ん中だけ、サイドだけに個別のEQをかけることができるんですよ。同じようなことをできるプラグインは他にもありますけど、Pro-Q 3はすごく簡単に設定できますね。ある音色のサイドの低音だけを下げたりとか、上のサイド部分だけを上げて広がりを強調したりしつつ音色も作れて、なおかつダイナミックEQも使えてっていう多機能で便利なEQだと思います。
一つのインスタンスの中にけっこう多めにバンドを作られるんですね。
井藤:この曲に関しては多めでしたね。Pro-Q 3って一つのインスタンス内で多めのバンドを作っても音が破綻することはないですね。通常、あまり増やしていくと音が濁ったりすることもあるのでなるべくシンプルに使うようにしていたのですが、そういうこともないので積極的に思っている音を実現できるようにしています。
後から省いたりすることもありますが、どう使っても大丈夫ですね。
EQプラグインの中にはバンド数を増やしていくとフェイズが崩れていくケースがありますが、Pro-Q 3ではそういうことはないですね。アナライザーがついているのでそれを確認しながら音作りもできますし、Pro-Q 3が刺さっている他のトラックとの周波数の被りがチェックできたりもするので本当に便利です。
いつごろからご使用頂けていますか?
井藤:まだ3、4年くらいですね。EQのプラグインに関しては様々なメーカーの物を使用して試してみた中で一旦落ち着いてきたところにPro-Q 3に出会ってしまって、それ以来はずっとこれを使っています。
−−− 実際にPro-Q 3のみを使用して作られたトラックを聴きながら… −−−
井藤:今回お話させて頂いているように今までのEQプラグインではできない使い方も試すことができるのでテクニックの引き出しをたくさん持たせてくれる感じですごく好感をもっています。
篠田:動作が軽い感じはよくわかったし、音の良さもわかったんだけど、これって(数的に)最大いくつくらいまで立ち上げられるの?
井藤:やったことないのでわかりませんが、軽すぎてすごい数を立ち上げられると思いますよ。
福地:私は200ちょっとまで立ち上げましたが、それ以上は飽きてやめてしまいました。
篠田:スゴいな…これを使いこなせればかなりいい感じで音が作れるね。
井藤:私は最近の制作ではPro-Q 3だけを使用しています。EQプラグインの新製品もあるとは思いますが、Pro-Q 3を超えるものにはまだ出会えていないですね。
篠田:後ろから見ていてもどうなっているのはよく分かるね。
井藤:視認性の良さ、操作性の良さ、動作の軽さは大きな特徴ですね。でも、最初にPro-Q 3に出会ったときにすぐに導入したわけではなかったんですよ。
それはどうしてですか?
井藤:長所である視認性の良さを最初から受け入れることができていなくて、なんというか「アナログ」な感じがしない見た目が最初は好きになれませんでしたね。昔ながらのEQのようなLOWやHIと書かれている部分のノブを触りたいって思っていたんです。それと比べると見た目がモダンで勝手に音楽的ではないんじゃないかと勝手に思い込んでいた時期がありました。完全なる食わず嫌いでしたけど(笑)。今見ると視認性の良さと扱いやすさは素晴らしいですね。画面の大きさも好みで変えられるのも良いですね。今の時代、画面の大きさは調整できた方が作業しやすいですね。
井藤:ちょうど今、自宅での作業が増えているのでDTMやミックスのレッスンを行っているのですが、その生徒さんたちには最初にPro-Q 3を買っておいたら?とすすめるプラグインの一つですね。純正のプラグインから始めるのも良いんですけど、こっちから始めた方が次のステップに進むのがはるかに早いですね。
他のFabFilter製品はお使いになられたことはありますか?
井藤:以前、制作会社に在籍していたころは使っていたのですが、今はPro-Q 3のみなんです。使いたいんですけど、予算がなかなか…。でも計画には入れています。コンプレッサー(Pro-C 2)もいいですし、リバーブ(Pro-R)も良いですよね。効果音を作るときにはSaturnもよく使っていました。いろんなタイプのサチュレーションが作れてよかったですね。
そういえばゲーム系の音楽を作る際はゲート(Pro-G)もよく使っていました。音の切れ際がすごく自然な感じでメリハリをつけるのに使っていました。
篠田:今日、初めてじっくりと説明を受けながら見たんだけど、わかりやすくていいね。ウチのスタジオに導入することを考えるよ。
多良間:Total bundleというお得なパッケージがありますよ。
一同:笑
篠田:それっていくらするの?
−−− しばし、その他のプラグインやインストール方法、価格などの質問が続く −−−
篠田:なんでこんなにわかりやすく作れるんだろうね。今までのつまみが並んでいた「エフェクター」っていう感じはないね。そして全体的にユーザーインターフェースが似ていてわかりやすくて扱いやすそうだし、これは使ってみたくなるね。
終始、井藤さんのFabFilter愛にあふれたコメントと井藤さんの仕事を見守る篠田さんとのよいコンビネーションがうかがえたインタビューとなりました。
プロフィール
篠田元一(Shinoda Motokazu)
作編曲家、ピアノ&キーボーディスト
埼玉県川口市出身。ピアノ、キーボードを笹路正徳氏に師事。大学時代よりプロの道を歩み幅広いジャンルの演奏、作編曲を手掛ける。これまでに「PIVOT」「Floating Colors」「Foresight」と3枚のソロ・アルバム、リーダーバンドThprim(スプライム)で2枚のアルバムをリリース。精力的なライブ活動の他、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする国内外の名門オーケストラとの共演多数。冨田勲「源氏物語幻想交響絵巻」「イーハトーヴ交響曲」の国内外公演やレコーディングに参加。歴史的な音楽イベントThink MIDIおよびオーケストラとシンセの融合をテーマにしたThe Brand-New Concertなどでは音楽プロデューサーを務める。その他、楽器メーカーの開発アドバイザーや音色制作などにも深く関わっている。加えて「実践コード・ワーク」をはじめとする記録的なベスト / ロング・セラーを含む40冊を超える音楽書を執筆。FM川口のラジオ番組「篠田元一のMOTO MUSIC TOWN」ではDJ担当。
音楽制作会社モトミュージック(https://www.moto-music.co.jp/)主宰。
井藤淳(Itoh Jun)
大阪音楽大学短期大学部作曲科を卒業後、HAL大阪でDTMを学ぶ。ゲーム会社などでサウンドクリエイター、サウンドディレクターなど15年以上、コンテンツ制作に携わる。
現在、篠田元一代表の有限会社モトミュージックにて作編曲、レコーディング、ミックス、マスタリング、効果音制作、MAからPAに至るまで、様々なサウンド業務を行う。
制作範囲は幅広く実験的な現代音楽からポップス、幼児教育向けまでに至る。その傍らゲーム会社時代に教育担当だった経験を活かし、DTMのレッスンを行いながら後進の育成にも力を入れている。
若干名受講生募集中、お問い合わせはモトミュージック(https://www.moto-music.co.jp/)WEB内のお問い合わせまで。