福地です。
FabFilterユーザーのエンジニアやアーティストを訪問するコーナーが始まりました。
記念すべき第1回目は、古くからのFabFilter製品の愛用者であるプロデューサー/エンジニアのMine-Chang。
音に対する探究心が尽きない氏の話を聞くことができました。
ミックスする際の視点は長い経験から導き出された科学的でもあり、芸術的でもありました。
Mine-Chang:ミックス・エンジニア/プロデューサー
Pro-Q 3を選択した決め手はどんな点ですか?
Mine-Chang:
初めて使ったのは10年くらい前で、まだ日本に代理店の無い「Pro-Q」のころから使っていたのですが、とにかくユーザーインターフェースの使いやすさに尽きると思います。バンド数も無限かと思わせるくらい増やせるじゃないですか(※ 24バンド上限)。足りないと思ったことはないですね。
今現在、ファーストチョイスはPro-Q 3です。マスターフェーダーなどにはキャラクターが付いた音色のEQを使うこともありますが、何かをしなければいけないというときは自然に手が伸びてますね。
歴代のPro-Q 3を使われていて、その進化についてどのような印象を持たれていますか?
Mine-Chang:
ダイナミックEQが付いたのはQ 3からですよね?近年のアップデートで一番大きなトピックはダイナミックEQですね。
あと周波数表示だけではなくて、鍵盤が表示され、音階で表示するように切り替えられるようになったのは最高だと思います。アコースティック環境によって特定の音程だけで音が出てきたり引っ込んだりすることがあるんですけど、それを解決するためにもこの機能は大切ですね。
使った印象はどうでしたか?
Mine-Chang:
ユーザーインターフェースの良さはさっきも話しましたけど、視認性もいいですよね。
Pro-Q 3になって不足を感じたことはないですね。
ハイカット/ローカット・フィルターを使うときにスロープがたくさんの種類から選べるので面白いですよね。
ミックスをする際にどの時点でEQを使い始めますか?
Mine-Chang:
一番最初にPro-Q 3をインサートします。
録音素材に部屋の影響などでふさわしくない共鳴(レゾナンス)があった場合、そこに対して逆のEQをかけることでその共鳴を打ち消すことを最初にします。そのままにしておくと後段でコンプレッサーをかけた場合に、レゾナンスに対してコンプレッサーが反応したりして自然な雰囲気が得られないことがあるんです。そういう時のためにまず初めに一つバンドを作りヘッドフォンマークをクリックすることでEQがかかる部分だけをソロで聴きながらレゾナンス部分を探して、見つけたらその部分をマイナス方向にゲインを下げるだけです。
それはなぜその順番にしているのですか?
Mine-Chang:
音にクセのある状態でコンプをかけると、クセが浮き彫りになってしまうことがあるんです。その後にそのクセを取ろうとするともう取れない状況になっているんですよね。例えば、録音するときにブースの音のクセが強すぎるときでもコンプをかける前であれば、さっき話したような方法で直すことができるんですが、コンプをかけてしまった後では直らないんですよね。逆コンプっていうのはなかなか簡単にはできないですけど、逆EQは簡単にできるじゃないですか。録音する段階でちゃんとしていることが大前提ですけど、録り終わってみてよくよく聞いてみるとなんかおかしいなって思うときや、十分な環境で録音されていないものが送られて来ることもあるので、そういうときは最初にEQ処理をしています。
プラグインの機能とは関係ないんですけど、普段作業をするときはペンタブを使っているんですよ。ペンタブだと直感的に作業できるPro-Q 3のGUIをもっと感覚的に使えるので作業スピードが速くなりますし、今話したようなレゾナンス部分を見つけて抑えるっていうのはとても簡単にできますよ。
Pro-Q 3をどのようなトラックに使うことが多いですか?
Mine-Chang:
どのトラックにもまずPro-Q 3を使うので、どれということは無いですね。
ボーカルに使うときどんな点に気を付けますか?
Mine-Chang:
まず鋭いQで共鳴を取り除きます。次にもうちょっと明るくしたいとか大まかにチルトする作業をして終わりです。ミックスを依頼されて、素材が届いたときにまっ先にこの作業をします。
具体的にどんな使い方をされていますか?
Mine-Chang:
コンプの前にEQをかけるのでコンプをかけてもおかしくならないように補正して、明らかにローが必要ではない音色の場合はハイパスを入れたり、その逆でハイが要らないものにはローパスを使う感じです。
そうやって必要ない部分を削ってコンプをかけて、フェーダーの後ろにミックスバスを作り、そこにもEQを使って、そのミックスにふさわしい音にしていくんですが、なんとなくテンプレートのようなものを作ってあって、例えばオケだったらボーカルの帯域をディップしてあるものが作ってあるので、それを通すだけでボーカルの居場所がなんとなく出来上がっているようにしてあります。あとは曲の雰囲気に合わせて高域が派手過ぎたら抑えたり、低域が足りなったら足したりと状況に合わせて調整していくだけですね。この方法は他のトラックでもだいたい同じような手順で進めています。
パラレルコンプレッションをするときに、強力なフィルタリングするときはありますね。
強調したい周波数を細いQで持ち上げたりとか、そこにもふさわしくない共鳴がある場合があるので、そういうときはダイナミックEQを使ってディエッサーみたいに特定の周波数だけを抑えたりとかしています。そのような処理は低域や中域にも使用すると効果的ですね。
それと、1つのプラグイン(インスタンス)内でたくさんのバンドを作れますが、1つの画面の中で多くの処理をしないようにしています。あまりにも多くのバンドが1つの画面(インスタンス)内にあると、見えにくくなっているのもあるし、ディレクションで「やっぱりその処理なしで」っていう話になったときに、元の音に戻りやすいんですよね。
共鳴を取り除くことを目的としていることが多いようですが、他にどんな用途で使われていますか?
Mine-Chang:
あとは自分の求める周波数バランスに整えることもしています。
例えばボーカル素材の音を明るくしたいと思うとき、高域を上げればそれでもいいのですが、不必要な中低域を見つけてディップしたり、チルトEQで低域を下げつつ高域も上げるとエネルギーの大きな低域が減ってミックスの中でも扱いやすく、好みの音色を変えることができますよね。
そんなとき、Pro-Q 3のどんな点が重宝しますか?
Mine-Chang:
(コンピューター・キーボードの)CommandキーやOptionキーを押しながら操作することでQを調整できたり、ショートカットでスムーズに作業できていいですよね。あと、EQ Matchは、例えば作家さんが作ったデモのエレピにフィルターがかかっているんだけど、もらったパラ素材にはかかってなくて、どうEQしたら似るのかよくわからない時に使ったりします。(笑)
おすすめ、または気に入っている機能はありますか?
Mine-Chang:
ダイナミックEQのスレッショルドを調整できることを最近知ったので、この辺についてはもうちょっと突き詰めたいと思いますね。プロセッシングモードについてですが、補正的な使い方をする場合、逆特性のEQは位相も逆特性になった方が良いので、Linear PhaseよりもNatural Phaseがふさわしい効果を得られます。位相と振幅を切り離してコントロールしたい場合はLinear PhaseでEQを行うと良いですね。
EQに求める性能はどんな点ですか?
Mine-Chang:
レゾナンスの自動除去機能があったらうれしいです!(笑)プラグイン側のテンプレートに当てはめるのではなくて素材に応じてアダプティブなレスポンスをしてくれると嬉しいですね。
最後に、これからFabFilterを買おうと思っている方にアドバイスはありますか?
Mine-Chang:
FabFilterはイコライザーとかサチュレーターが人気あったりしますけど、個人的にはディエッサーがお気に入りだったりします。他のディエッサーでは取れなかったけど、これでうまくいったりしたこともありますし、音質劣化が少なくて効果が高いですね。他にもおすすめなプラグインがあるので、買うなら全部入りをお勧めします。きっと最終的には全部買うことになると思うので。
いかがでしたか?
お話を聞いていて、マニアックな方向へと脱線に脱線を重ねたインタビューは、今回の文面に収めきれなかった話もあるので、それは機会を見て掲載させていただこうと思います。っていうか、また別テーマでも話を伺いに行きたいと思います!
Mine-Chang プロフィール
Mine-Chang
2005年、初のプロデュース作品がコカ・コーラのCMに抜擢され、J-POPチャートで1位を獲得。作曲家としてLittle Glee Monsterや桜坂46などのアイドルグループ、ミックスエンジニアとして多くのアーティストのヒット曲をプロデュースの他、トヨタ、三菱、JT、任天堂などの広告音楽も手がける。
2012年からprime sound studio form所属エンジニアとして活動。
イマーシブサウンドテクノロジーをいち早く取り入れ、映画や舞台の3Dサウンドを制作してきた。また、ミキシングの経験を生かし、音楽スタジオの音響や音響機器の調整も行う。
名古屋芸術大学サウンドメディア・コンポジションコース非常勤講師