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マックス・レーガーについて

Mac-Reger

歴史の中で埋もれていく作曲家は数多くいるとは思います。中には一部のマニアックにしか支持されず、いつになっても全く真価が認められないもの、あるいは作曲家が存命のときには大きな名声があったにも関わらず、音楽の時代の潮流に巻き込まれて次第に忘れ去られていく作曲家がいます。1900年代初頭にドイツで活躍したマックス・レーガーは後者の作曲家と言えるでしょう。今回は彼について、少々ご紹介してみたいと思います。

■ マックス・レーガーについて

マックス・レーガーについては、クラシック音楽の演奏者、またはリスナーの方は、この作曲家について知っている方もいらっしゃるようですが、一般的に言って、あまり知られていないというのが現状ではないでしょうか。バッハ、モーツァルト、ブラームス、シューベルトなどは非常に良く聞く名前でしょう。しかし、マックス・レーガーはあまり知られていないと思います。

彼はドイツの作曲家で、詳しい略歴は、以下のWikiの説明をご覧いただければと思います。

この中で特筆すべきは、彼のアーティストとしての奔放ぶりでしょう。ある意味、親しみすら覚えます。過度の喫煙、飲酒、暴飲暴食を好む云々……は、今ではアーティストのあるべき姿(?)を体現していると思います。何かをとことん突き詰めてやろうとすると、最後までいっちゃう人のようです。それが喫煙であったり、飲酒であったり、音楽であったり。。。どんなものに対しても脇目もふらず突進していくアーティスト像が見えてきます。

フリードリッヒ・シラーのように何かに集中すると周りが見えなくなる人がいる。アリストテレスの「ニコマコス倫理学」にある「中庸の精神」なんかありえない。自分から好んでアウトサイダーになろうとしてはいないのだけれども、そうなってしまう。カート・コバーン、ニック・ドレイク、ロベルト・シューマン、ベートヴェンのような人。現代でいわゆる「天才」と呼ばれている人たちは皆このようなアウトサイダー的な傾向にあると言えるでしょう。逆説的に聞こえるかもしれませんが、彼らは理念先行型であると考えられます。つまり、理念、理想が先行し、それを偏重するが故に、他との軋轢が生じてしまう。「理念への憧憬」という意味合いでは、ロマン主義の原型の傾向であると言えます。

その一方で、アリストテレス、ゲーテ、ダ・ヴィンチ、カッシーラーのような、より大きな枠組みの中で知識のバランスを取れる天才もいる。周囲の人の話に耳を傾け、それをより大きな視座において表現できる人々。いわゆる百科全書型の物知りで、周囲から多くの知識を学びとり、それを独自の視点から表現できる人。

シラーが上記の決定的な違いを「感傷詩人」と「素朴詩人」という区分けを行ったことで、上記の両方に全く違った独自の価値があることを認めました。この2つの傾向は常に相容れないものであり、お互いにどうしても理解できない傾向であるようです。ゲーテがシラーやベートーヴェンと仲が悪かったのは有名な話です。シラーは和解したようですが、ベートーヴェンがどうであったかは謎です。ですが、全く違った傾向にある二人がお互いの足りない点を認識し、補いあおうとした時に初めて化学反応が起こる。

さて、話が大きくそれましたが、マックス・レーガーは完璧に前者に属している作曲家であると言えます。一般的に彼の作曲する曲は、難解であるとの指摘を受けることがよくあります。ですが、以下の曲を一度聞いていただければ、彼の曲の直接的なパトスと衝動的なエネルギーを感じ取っていただけるのではないでしょうか。

私がこの曲を初めて聞いたときは、ブラームスのチェロ・ソナタを彷彿とさせる重厚感がある曲だなと感じました。もしかすると、ブラームスのチェロ・ソナタよりも迫力があるかもしれない……ピアノ伴奏の音取りが低音から高音まで非常に幅広く、その点がブラームスの影響が非常に大きく出ていると言えますが、ブラームス以上にチェロが叫んでいる!ていうか、かっこいい!!高音のビブラートは、ギターでいうと、ロリー・ギャラガーのチョーキングのような情熱を感じます。演奏者であるクニャーゼフの演奏技術がこの曲のパトスを良く表現していると考えることもできますが、情熱がすでに曲自体に内包されているといっていいでしょう。

このアルバムに入っているチェロの曲は全て良いです。特に、チェロソナタ2番の3楽章は哀愁漂う傑作です!

レーガーを知っている方の多くは、レーガーの代表曲として無伴奏系の弦楽曲などを挙げることと思いますが、これらの曲は、ともすると難解で分かりにくいという評価が多いのではないでしょうか。ですが、このチェロソナタを聞けば、すでにレーガーをご存知の方もレーガーに対する印象がだいぶ変わってくるのではないかと思います。Wikiのレーガーの紹介にもあるように彼はいわゆる3B(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)の後継であると自身を位置づけていたようですが、このチェロ・ソナタはそれを象徴的に示している作品であると言っても過言ではないでしょう。

また、ピアノ曲にも(このいかつい顔をしているにも関わらず)、色々な美しい曲があります。でもまあ、それはさておき、私は特に歌曲が好きです。何かマーラーの歌曲のような、そうでないような、独特な雰囲気を持っています。

また、先ほどのチェロ曲の中に以下の曲がありますが、バッハの影響をモロに受けています。

この作曲家の素晴らしい点は、弦楽器の曲で見られる伸びやかさでしょう。彼の作曲が非常に弦楽器に向いているのかもしれない。レーガー自身もそれを意識しているのかどうかは分かりませんが、弦楽器による無伴奏やソナタの作曲が多い。ヴァイオリンのソナタでもヴァイオリンの弦特有の伸びやかな音が聞けます。

かつてシェーンベルクにより天才と呼ばれたマックス・レーガーでしたが、そのシェーンベルクが作った潮流により、逆に時代遅れとされてしまいました。サンサーンスも同じような憂き目に遭った作曲家の一人で、小さなころに神童と呼ばれてもてはやされていましたが、最終的には時代遅れのレッテルを押されてしまいました。

音楽史の先入観から作曲家を見ていくと、個々の作曲家の独自性や良さが見えなくなっていくのは当然と言えば当然ですが、一度そのようなものはまずどこかへやってしまえば、新鮮な良さ、素晴らしさが見えてくるのではないかと感じている今日この頃です。