You are currently viewing プロが選ぶ FabFilter Pro-Q:塩田哲嗣

プロが選ぶ FabFilter Pro-Q:塩田哲嗣

福地です。

FabFilterユーザーのエンジニアやアーティストを訪問するこのコーナー、今回は、ベーシストであり、レーベルオーナー、プロデューサー、そしてエンジニアもこなす塩田哲嗣氏にお話を伺いました。

いつもエネルギッシュに活動を続ける彼を動かすもの、求めているものも含め濃い話を聞くことができた。DTMerだけでなく、プロを目指す人、行き詰っている人にも大いなる刺激をもたらすことができるインタビューとなりました。


ミュージシャンとしてのバックグラウンドについて

塩田:元々はアートディレクターになろうとデザインの勉強をしていたんですが、当時はバンドブームで、活動していたバンドが契約をもらえることになり、抜けるわけにもいかず、美大の受験を途中で諦めました。でもバンドって、チーム戦だから色々あって、デビュー前に解散してしまいました。でもBassの師匠がジャズミュージシャンだったので、ジャムセッションに行くようになったらジャズ系の仕事が来るようになったんです。ジャズの場合、最初は個人戦なんで、居心地が良かったんです。

ウッドベースでプロの世界に入ったのは、ピアニスト西直樹さんに雇われた22、3歳の頃でした。その頃はジャズクラブだけでなく、DJクラブで演奏したり、イベントのオーガナイザーもやったりしました。でも、その頃は何となく日本の音楽シーンに自分の居場所が見つけられず、96年にニューオリンズに旅立ちました。そしたらたまたまベーシストの需要があったのか、あっという間に毎日演奏させていただきました。

そのままアメリカに移住したかったのですが、その当時、湾岸戦争もあり、アジア人で、しかもミュージシャンが南部でビザを取るのは大変だったんです。結局ビザを取ることができずに日本に帰ってきました。帰国後、「ニューオリンズ帰り」ということを売りになったのか判りませんが、大坂昌彦さん、山本剛さん、大野雄二さん、渡辺貞夫さんなど、日本のトップクラスのミュージシャンと共演させていただきました。

それでも「アメリカでの演奏活動、楽しかったなぁ…」って思いが消えず、規制の緩和もあってアーティストビザが取りやすくなったということで、2001年に再びアメリカに向かいました。

それはどこかに勉強に行くという感じで行かれたのですか?

塩田:勉強に行くという感じではなかったですね。ジャズのてっぺん目指しに行った感じです。どこかの学校に行くとかではなく、ニューヨークでベーシストとして演奏活動をしていました。ただ移住してすぐに、ネヴィルブラザーズというバンドで弾いていたSaya Saito(Piano)が、アルバムをリリース&ツアーで日本に行くというので、Bassで雇われたんです。その時のジャズクラブのブッキング担当が旧知の人で、Sayaのライブ前日が空いてるので、何か企画ものをやってほしいと言われて集めたメンバーが「SFKUaNK!!(スフォンク)」というバンドになりました。ニューヨークで活動を頑張っていたら、日本でメジャーデビューする事になったという流れでした。

デビューが決まり、レコーディングするにあたって、どうしてもドラマーをアメリカで起用したくて、まずニューヨークで現地のミュージシャンとベーシックなレコーディングを始め、そこに日本人メンバーをオーバーダビングしていく形で作り始めたんです。そこで必然的にPro Toolsを扱うことになり、NYの仲間と共同で編集作業をするうちに、エンジニアに興味を持ちだしたんです。ベーシックを先に録音し、そこにオーバーダビングし、更にエディットして作り上げていく感じだったので、今を思えば、最初からすごい細かい作業をしていましたね。

なぜエンジニアリング、ミキシングを学ぼうと思ったのでしょうか

塩田:デビューが2005年くらいのことでした。それと同じ頃に、Bei Xu(ベイ・シュー)という中国人ジャズシンガーをプロデュースし始めました。売り上げとしては評価を受けたんですが、録り音の面では全然納得いかなくて、その頃流行していたRussell Elevado(ラッセル・エルバド)の様な、ヴィンテージ機材を駆使して録っている良い音に憧れました。

ただ、雇ったエンジニアといくら努力しても、そういうサウンドにはならなかったので、結局自分で勉強しなきゃなと思ったんです。あと、今後はアルバムの制作費が減ってくるかもしれないなと感じていたのもあり、自分で録音できた方が良いなと思ってバークリー音楽大学に入学しました。

何歳くらいで行かれたんですか?キャリアをある程度積み上げてきた中でもう一度勉強に行くってすごく勇気が必要じゃなかったですか?

塩田:41歳の時です。ミュージシャンとして練習して演奏が上手くなったり、良いミュージシャンを集めても、なかなか欲しい音が手に入らなかったんですよ。結局、録音やそのプロセス、録音作品の為の音楽的アイディアが足りなかったり、違ったんですよね。今でもそういった事が判らないで作品作ってるミュージシャンは沢山居ます。録音や録音作品の作り方は、それはそれでちゃんと勉強しなきゃ出来ないのがよく判りました。

でもそのころ稼いではいたので、スタジオを作るか勉強するかの2択はあったんですが、偶然旅行したキューバで、現地の音楽に触れ、現地のミュージシャンたちから大きな刺激を受けたのきっかけに大学行きを決めました(※:ここのくだり、めちゃくちゃ刺激的で面白いのですが、FabFilterからは脱線に脱線を重ねたので泣く泣く割愛しました)。10日ほど滞在して感じたのが、今のタイミングでは「学び」の方に価値があるな、自分に投資して技術をつけることを優先するべきだな、と感じたんです。結果的にそれで良かったです。

当初は2年だけ通おうと思っていたのですが、行ってみたらハマっちゃって4年間丸々通って2014年に帰国しました。ちょうどアナログレコーディングからデジタルレコーディングがメインに移り変わっていく時期と重なっていたので刺激的でしたね。

アナログっぽい音が欲しくて、マスタリングで一度テープに通したりしていたのですが、高域が削れるだけであんまり意味がなかったんです。それを大学の先生だったスーザン・ロジャース(Princeの録音エンジニア)に話したところ、昔のテープレコーダー、STUDERとかAMPEXのヘッドの種類でも倍音とかに違いが出るというデータを見せて貰えたり、そういう細かくて重要なことを、大学でたくさん学べました。リミックスとかサンプリングの使い方も、Hiphopのマスターが先生に居たので学べました。デジタルとアナログのいいところを活かすためにどうすれば良いか?など、アメリカの第一線で活躍していた人たちから学べたのは大きかったです。授業としても最先端だったので、ついていくのが必死だった4年間でした。

エンジニアとして活動し始めたきっかけはどんなことがあったのですか?

塩田:はじめはエンジニアの仕事をするつもりはまったく無くて、本物のプロデューサーになりたかっただけなんです。ですが、海外のプロデューサーで個性的なサウンドを作る人は、録音エンジニア出身の人が多かったので、欲しい音に辿り着くには、エンジニアのスキルは必要だと思いました。もともと好奇心旺盛だったので、日本でもエンジニアさんと知り合い、時には勉強のために現場に入らせてもらったりしました。

それはプロデューサーとしての活動を目標とする上で必要だからエンジニアリングを学んだということですか?

塩田:いや、目標はあくまで良い音、納得がいく作品を作ることで、肩書とかはどうでもいいかもしれません。欲しい音が先にあって、それを実現するには何をすべきか?の方が大切なんです。

自分のレーベルを始めたのも、それが基本にあるからです。ですから、最初の頃は良い機材があると聞いたら、ギャラを全部突っ込んで自分で買って、実際に確認したり試したりしていきました。

最初の5年くらいは、貰ったギャラは全部機材代に消えてましたね(笑)。

自分がプロデューサーやレーベル代表だと、作品のクオリティに対して全責任を負う事ができるのは、プレッシャーもありますがメリットですよね。少ないバジェットや時間の中だけで、最善を尽くす方法もあると思うのですが、ミックスダウンにもう1日かけたいとかやり直したいってなった時に、誰かを雇っていたり予算ありきだと、なかなか難しいと思うんです。ちゃんとした技術を身につけて、機材を揃えておけば、そういった時にもフォローできますからね。そういう意味では自分達でミックスなどの作業をできる環境を持っておくことは重要ですね。

FabFilter製品との出会いはいつごろでしたか?またどんな製品をよく使われますか?

塩田:シンプルに、周りのエンジニアがみんな使っていたんですよ。皆さん色々と購入しつつ、最終的には耳で判断して選ぶ人だったので、やっぱり良いんだなこれは、と確信して使ってます。ダイナミックEQが使えるようになってからは、更に良いな、便利だなと思うようになりました。正直にやった作業分の結果を出してくれるプラグインだと思います。使っている人はみんなそう思っているんじゃないですかね?

トランスを通した音とかビンテージ機材のような味付けが必要な場合には、その他のブランドのものを使うこともありますが、一番大事な最初のスライスとかカット、特定の周波数を抑えたり、ナチュラルなコンプ、2-Mixでの安全を期するリミッティングなどは、大体FabFilter製品を使いたくなります。しかも動作が軽いですよね。複数のトラックに使っても負荷が低めなので、とことん使えますよね。

イコライザーはPro-Q 3から試します。Pro-C 2をコンプレッサーとして使うときは、音に色付けを必要としない場合です。Pro-L 2も発売されてからはよく使うようになりましたね。Pro-Lより更に良くって。

先日、メジャーレーベルでマスタリングをお願いしている方に聞いても、Pro-L 2をリミッティングに使っているとおっしゃってて「やっぱりそうですよね」って思いました。

実は少し味は付くんです。でもちょいと太くなった感じがして良い事が多いです。使っている人多いでしょうね。

ミックスする前って、トータルで2-Mixでピーク出ちゃう時あるじゃないですか。原因究明の前に、サクッと抑えておきたいときに良く使いますよね。ミックスが進んできたら、逆に外したり。プロセスの途中で使えるプラグインって最高ですよね。効果が自然だからだと思うのですが、そういったナチュラルなサウンドを求めている人がFabFilter製品に行きついて、デフォルトで使うようになっているんだと思います。プロの人は特に多いんじゃないですかね。

ちなみにですが、みなさんは一番使うEQって何を使っているんでしょうかね?最近では、似たようなコンセプトのプラグインもいくつかありますけど、個人的にはクオリティや動作中の安心感は、FabFilterが一番好きです。

EQ以外にも使われているFabFilterプラグインはありますか?

塩田:Pro-Rもよく使います。効果が見えやすいですね。こちらは良い意味でクセがあるというか、未来って感じが簡単に出せるんですよね。シンセ系とかでフルート、エモーショナルだったり爆発音みたいなショッキングな感じを出す時、打ち込み系のトラックには確実にハマるので使います。サンプリングとかに使うと、欲しいナチュラルな艶が出るんですよ。シングルトラックにもかけるし、トータルでもう一つ広がりが欲しいなって時とかに使います。他社のリバーブとの混ざり具合も好きです。

あと、最近スタジオの部屋感を再現したリバーブとかあるじゃないですか?あの代わりにPro-Rを使うこともあります。2つ以上のリバーブを重ねたり、複雑なプロセスで使っても、あまり負荷が高くならないので、パソコン、CPU、OS環境に適しているんでしょうね。

FabFilterプロダクト全般に言えることなんですけど、FabFilterを選ぶ人って、ちゃんと耳で判断している人が多いと思うんですよね。スペックとか、名前とかバリューに左右されるのではなく、実際に使ってみて、耳で「これは違うな」とか、「ここだ!」とか判断しながらFabFilterを選んでるんだと思います。視覚的に音を確認しやすいという売りもありますけど、それは後付けの理由なんじゃないかって思うくらいです。

 

Pro-Rってリバーブタイプを選ぶパラメーターがありませんが、そこに使いにくさを感じたことはありませんか?

塩田:ないですね。かかり方がはっきりしてるし、プリセット名からイメージしやすいので。メーカーのプリセットはやりすぎ感もありますけど、そこがミュージシャンっぽい感じもするし。プリセット自体の音やアイディアが面白いので、不便だとは思いません。

Pro-Rについてはデフォルトで使うというよりも、もう一歩プラスアルファが欲しいときに飛び道具的に使うことの方が多いです。EQとコンプに関しては、デフォルトで使うことが多いです。ただコンプって、潰すと同時に真空管とかプリアンプのフィーリングが欲しいことが多いので、そういう場合は2度がけのコンプにPro-Rを使ったりします。

既に決まった音色からゲインを下げたいとか、味付けせずにコンプをかけたい場面では、間違いなくPro-C 2ですよね。あと、ディエッサー(Pro-DS)も優秀。かけたい周波数の範囲を特定するのが簡単ですし、かけても嫌味がないです。ディエッサーってエフェクトのかかる前後に影響が出てしまうことが多いのですが、それも少ないです。美味しいところをバッサリ切られちゃう事も無い。音楽的な塩梅があるんですよ、FabFilterシリーズには。

あと、既に録音したものを補正する時。レコーディングの現場で気づかなかった録音の欠点をナチュラルに補うのに、今まで使ってきたプラグインの中でも一番だと思います。マイキングと演奏の兼ね合いで予測できなかったバランスの崩れとか、ステレオマイキングの補正にも便利ですし。重複になりますが、ミュージシャンの感覚に寄り添ったコンセプトなんだと思います。

お勧めの機能ってありますか?

塩田:もうそれは間違いなくダイナミックEQ!

今までコンプレッサーの延長線上の効果かと思っていたんですけど、ただ潰すのでは無くて、そのEQした周波数に、音が当たった時だけ反応してくれるのはとても便利ですよね。サイドチェーンコンプレッサー代わりにもなるし。1つの画面の中でいくつかの種類のEQを同居させられるのも最高です。ステレオ処理もM/S処理も、1つのEQ画面の中で処理できるって、すごい便利じゃないですか?

あと普段は、EQをかけるトラックがモノなのかステレオなのかで、プラグインのチョイスも扱い方も変わってくるじゃないですか。モノの場合はシンプルに高域や低域などの帯域に対するアプローチ。Pro-Q 3を使う時は、ステレオの場合でも、左右に対してのアプローチが1つのプラグインの画面の中でコントロール出来るってことを覚えておいてほしいです。左右に対してEQとダイナミクスを同時にアプローチする感覚で、ステレオトラックにPro-Q 3を使う人って、意外と少ないと思うんですよ。周波数の違いや左右に対して、同じ画面内で別々の処理が出来るということに慣れると「あぁPro-Q 3って何て優秀なんだ!」って印象になると思うんですよね。

プロのエンジニアは、録音する段階で既に仕上がりをイメージしながら音を録るので、そこまで必要としないかもしれませんが、アマチュアの場合は、思いがけないところで、思いがけない方向から何かが鳴ってたりとかすることも多いと思うので、そういう時にPro-Q 3はとても便利ですね。

モノラルとステレオの時でPro-Q 3が便利なのは判っていただけたと思いますが、Pro-Q 3は、更にM/S(ミッドサイド)テクニックが使えるんです。ドラムのオーバーヘッドの音でもシンバルレガートにフォーカスしたい場合とか、ローを抑えてシンバルを上げる場合などにとても便利です。

ただEQで特定の周波数をカットするよりは、ダイナミックEQを使って必要な周波数を必要なタイミングで処理した方が結果がナチュラルなんです。例えばキックの強いドラマーの時、複数のマイクを立てていたとして、単独で立てたキックマイクの音よりも、ルームやオーバーヘッドに被ったキック音の方が大きなバランスで録音されていたり、シンバルとのバランスをコントロールしにくかったり、録り音自体が欲しいキック音としてはいまいちだったりすることがあります。そういった被りの中でのキック音は、他のEQではローエンドをカットするのですが、同時に欲しい音色、例えばシンバルの音色も損なう危険があります。それがPro-Q 3のダイナミックEQとキックからのシグナルをサイドチェーンの様に受ける事で、うまいこと抑えられるんです。

そのほかにボーカルトラックにおいて、部屋の音、特に高域の部分をコントロールするのにもPro-Q 3のダイナミックEQは適しています。部屋の反響音が録音に影響してしまった場合とかに便利なんです。普通のEQでシンプルにカットしても良いですが、ダイナミックEQを使うとよりナチュラルな効果を出せたりします。EQで高域を削るのに気がすすまない人っていると思いますが、実際にやってみると変なルーム感が取れて、欲しい音色に近づけたりします。マイキングの時点で失敗することもあるので、そういった時にも使い勝手があります。

録音&ミックス経験者にとっては、普段使っている機能ばかりかもしれませんが、FabFilterのプラグインは知れば知るほど便利なプラグインだと再認識していただけたらと思います。


あとがき:

ほぼノンストップで熱く語ってくれた塩田さん、本人の好奇心からスタートする探究の道はまだまだ続きそうな気がしました。

シンプルに「良い音を伝えたい」という想いを実現するための普通のことだと伺いましたが、その裏には数多くのトライ&エラーがあることも見え隠れしたインタビューとなりました。ご本人は照れ屋なので、そういう部分に触れられるのは恥ずかしそうでしたが、同じようにミュージシャン/プロデューサーを目指す人にとってとても参考になるお話だったので、今回は語って頂きました。


塩田哲嗣(Nori Shiota)

1996年ニューオリンズで演奏活動。1997年帰国後、大坂昌彦4(Dr)などで活躍。2001年NYに再渡米。14年間のアメリカでの活動を開始。2002年NARGOと”スフォンク”を結成、2005年メジャーデビュー。ジャズシンガー”Bei Xu”をプロデュースし、数々のヒットチャートで1位を獲得。2010年バークリー音楽大学に入学。録音とプロデュースを学び、2014年帰国。ベーシスト&プロデューサー&録音エンジニアとして活躍中。音楽レーベルSteelpan Records主催。

福地 智也

Jimmy Nolen、Nile Rodgers等に影響を受け、 Blues, Soul, Funkをこよなく愛す。ギタープレーヤーとして杏里、倖田來未、片瀬那奈、さんみゅ~、楠田亜衣奈等のレコーディング、佐藤康恵のライブに参加、同サポートバンドでは、バンドマスターを務める。ギター 演奏、音楽制作のみならず、楽器、DAWのセミナー、デモンストレーションでは、難しい用語を使わずに、誰にでもわかりやすい内容が評価を受けてい る。 https://www.dopewire.net/