You are currently viewing 村山晋一郎氏に聞く「Auto-Tuneの極意」

村山晋一郎氏に聞く「Auto-Tuneの極意」

ボーカルトラックのピッチ補正とは?

〜 村山晋一郎氏インタビュー 〜

日本のR&Bサウンドを牽引し続けている村山晋一郎氏。

つい先日までアメリカ・カリフォルニア州をベースに活動を続け、昨年帰国した後は、日本国内で精力的に活動をし、トラック制作、アレンジ、ギター、コーラス、レコーディング、ミックス等、マルチな才能を活かし活躍中。

今回はAuto-Tuneに関するインタビューでしたが、ボーカルトラックについて貴重な意見、そして、豊富な経験に裏付けられた効率的な使い方、判断のしかたなど、多くのお話を聞くことができました。

● 音楽制作を始められたきっかけはどんなことでしたか?
― 中学校の頃にアメリカに住んでいて、そこでプリンスやEW&Fのような音楽に出会いました。シンセサイザーが多用されたエレクトリックファンクなども流行っていた時期でそれらを好きで聴いていました。高校生の頃に帰国してバンドをやろうと思ったんですけど、当時の日本は空前のヘビメタブームでバンドをやろうと思ったらヘビメタをやるしかなかったんですが、やっているうちに楽しいって思うようになって高校の時はヘビメタをやっていました。そして楽器の演奏が上達するにつれて様々な音楽に触れましたが最終的には最初に聴いた音楽に戻っていきました。

そのころちょうど打ち込みなども始めていたし、流行り始めていたので打ち込みのダンスミュージックを作るようになっていました。大学生になってバイトして機材を買って、デモを作って、ときどきバンドやって、オーディションに応募したりして、最終的には大きな大会の本戦に出たりしたんですけど、その後就職して結婚してとなりながらも音楽制作も続けていました。その後レコード会社から声がかかりデモ制作のお手伝いをさせてもらうようになって少しずつギャラが増えていき、最終的にはサラリーマンの月収を超えるようになりました。それからは音楽制作を仕事とするようになっていきました。 会社を辞めて数か月後にタイミングよく宇多田ヒカルさんのお仕事の話を頂いてそれが本格的な仕事の始まりでしたね。

ハードディスクレコーダーからコンピューターでレコーディングを行うようになって、最初は部分的に修正できるような機能があったのでそれでごまかしたりしていたんです。プロとして生活するようになって2年目くらいにPro Toolsを導入してからは自宅でコーラスを入れたり、自分でギターを弾いたりしていました。あと、ウインドチャイムの音にこだわりがあったので、それは生で録音するようにしています。

● ピッチ補正を行うようになったのはいつ頃からでしょうか。必要になった出来事とかきっかけはありましたか?
― Pro Tools|24 MIXを導入した時にAuto-Tuneを買いました。かなり初期のバージョンだったと思います。その時はすでに先輩のプロデューサーやエンジニアが使い始めていて、ピッチが整ったものがすでに出回っていたんです。R&Bってコーラスを重ねていくのできれいに整えないと魅力が半減してしまいますからね。ただ、当時のAuto-Tuneは現在のものと比べると直している部分がはっきりわかってしまったりしていましたね。

● Auto-Tune以前にピッチ補正をするときは、録音する段階である程度決めておくのか、編集の段階で波形を調整していくのかどちらがの手法が多いですか?
― Sound DesignerⅡで部分的に選択してそこのピッチを調整できたんです。今のようにピッチの値として確認はできなかったので、聴感上で合わせていくしかなかったんですよね。

● ピッチ補正って、エンジニア、アレンジャーなど、レコーディングに関わる中で誰がやる仕事かっていう話をすることがたまにありますが、村山さんはどう思われますか?
― 私が制作にかかわった作品はだいたい私が担当しています。仕事をし始めた当初はPro Toolsを持っている人が少なかったし、すべてのスタジオに入っているとは限らない時代だったので私がやることが多かったですね。スタジオにある場合はエンジニアさんがやってくれることもあったのですが、私がプロデュースを担当している場合は、自分で細部までこだわりたいので私が作業させてもらうことにしたりしていました。現在はエンジニアとしても仕事をさせてもらっていますが、エンジニアとしての仕事をするよりも前にAuto-Tuneでのピッチ補正は行っていました。

● ピッチ補正のプラグインとしてAuto-Tuneを選ばれた理由はありますか?
― 正直なところ、当時はAuto-Tune以外に選択肢がなかったというのがあります。最近は他ブランドのプラグインも使ったりしていますが、それぞれに得意な分野があるので、用途や状況に応じて使い分けているイメージですね。

● メインボーカルのピッチ補正って平均でどれくらいの時間かかりますか?
― だいたい1~2時間ですかね。

● 早い!
― コーラスパートは数にもよりますけど、だいたい丸一日くらいかかりますね。もっとも長いもので二日かかったものもあった記憶があります。昔、アカペラの楽曲を制作されたときにパート数も多く、それぞれのパートも重ねたりしたのでトラック数が増えたのでそれには一週間くらいかかりましたね。その代わり素晴らしい作品になりました。

● ピッチ補正をする/しないの判断基準ってありますか?
― ピッチがきちんと当たっているから直さなくていい場所もありますが、それ以外はまんべんなくやってしまいますね。データ上と聴感上で確認して決めています。波形で見るとちょっとずれていても聴いてみると合って聴こえる場合があるのでその場合は直さないこともあります。確認してどちらかが合っていなければ直すことになりますね。

● それはタイミングも含めてですか?
― そうですね。

● タイミングを修正する場合、波形を切り貼りする場合とプラグイン内で修正する場合があると思います。どちらの方法を使用することが多いですか?
― 私は切って合わせていく方が多いですね。Auto-Tuneのタイミングに関するパラメーターは、もしかしたら触ったことがないかもしれません。波形をちょっと伸ばしたいというときは、Pro Toolsの方で調整します。なぜならば、他の波形を見ながらそれに合わせていきたいので、他のトラックを確認しながら作業できることが望ましいと思っています。

● ピッチ補正をするトラックはボーカルだけですか?
― 他の楽器類も気になればやりますね。聴感上、他の楽器のハーモニーと合わせたときにちょっとずれているなと感じたときは直しますね。管楽器はピッチが揺れやすいのでミックスしているときに違和感を感じることもあればインプットタイプを“Instrument”にして直します。

● ピッチを合わせるときはキッチリ合わせに行く方ですか?それとも緩やかに合わせる方ですか?
― リードボーカルは割りときれいに合わせていく方です。ハモについては若干アバウトにしています。特にハモのダブルは合わせすぎてしまうと機械的なイメージになってしまうので緩やかにしています。あんまり直したという感じが出ないように気を付けています。意図的にやる場合以外はケロってしまわないように気を付けています。イメージ的にはお化粧するような感じでやり過ぎないようにしています。

エンジニアとしてミックスするときにいかにも「ピッチを直しました!」みたいな状態でデータを頂くことがあるんですけど、甘いなと感じる部分があって、歌がしゃくりあげるときがありますよね。そのしゃくりあげのスタートする音程が半音下だったり一音下だったりと揃っていないことがあって、それらが組み合わさるとちょっと気持ち悪く感じます。

そういうときはどちらかに合わせるようにするのですが、スケール上正しくする場合もあれば、聴感上これは狙って歌ったんだろうなという場合にはそちらに合わせますが、それができていないことがたまにありますね。そこはどちらに合わせるか決めて作業した方がいいかと思います。

● Auto-Tuneを使う上で村山さんなりのティップスはありますか?また、どんなところを気に入っていますか?
― グラフィックモードを使っています。また、よく使う機能にショートカットを割り当てていて、「MAKE CURVES」やセレクトモードになったり、トラッキングを割り当てたりと読み込んでピッチ補正するまでに必要な機能を数字キーに順番に割り当てています。線を描くときだけマウスを使うようになっているので、一連の作業がとても素早くできるようになっています。

ラインを引いて修正するという方法が他のピッチ補正ソフトにはないので、一番の決め手ではないかと思っています。

この方法での修正は一番頻度が高いと思いますし、優れていると思います。でも、フレーズによっては線を引いた方がいい場合と、セレクトしてフレーズごと調整した方がいい場合があるので、そこは状況に応じて使い分けることをお勧めします。

● しゃくりあげてる場合は線を描いた方がいいですか?
― そうですね。しかし、かなり下の方からしゃくりあげてる場合は、少し広めに選択して全体を上げた方がいい場合もあります。しゃくりあげているときのカーブを一直線にすると不自然さが出てしまうので、カーブをなだらかにするといいと思います。

● まとめるとピッチ補正の作業手順的には、トラッキングをしてちょっとずつカーブを描いていくという感じでよろしいですか?それで1、2時間で作業を終わらせるってすごいスピードですね。
― ボーカルの素材選びからを含めるともっと時間かかりますが、だいたい3時間以内には終わるかと思います。先ほど紹介したようなショートカットを多用することで時間短縮はできていると思います。あれが無かったら倍近くの時間はかかると思いますよ。

● レコーディングをしている段階で「これは直せるな」または「歌い直してもらった方がいいな」という判断基準ってありますか?
― 声が良い状態で長い時間歌える人ってそんなにいないと思うんですね。集中力も持つ人で4、5時間が限界かなと思っています。1~2時間歌ってもらってみて声がヘタってきそうだなと思ったら切り上げるようにしていますね。時間をかけても大丈夫な人もいますし、そうでもない人もいます。

あとは何テイクか録ってみて経験上「どれくらい良いテイクが録れそうか」などの感触をつかめるようになりますよね。もし、難しいようであれば、後日に録り直して対応しようという判断になります。ボーカリストによっても「ここ直せますよね?」っていう人と「うまく歌えるまで頑張ります!」っていう人がいます。頑張り屋さんでも時間が経つにつれて声がかすれてきたりするのでそういう場合はニュアンスが良いテイクを選んで直すことを提案します。

● そういう場合の優先事項ってありますか?
― 歌がきちんと録れることが一番ですが、その次はニュアンスですかね。ニュアンスを補正することは今のところできませんからね。いい歌を歌ってもらうためにメンタル面のフォローも欠かせませんね。気持ちよく歌ってもらう環境を整えることも大切だと思います。

● Auto-Tuneでよく使う機能やパラメーターはありますか?
― RETUNE SPEEDは、自分的には20をデフォルトにしてはいますが、聞きながらちょうどいい感じに調整しますね。

● ナチュラルに聴かせるコツってありますか?
― 先ほども言いましたけど、下りの場合は角度を調整してナチュラルに聴こえるようにしたり、フレーズごと持ち上げるのか、線を引くのかという部分の見極めなどですが、これらは経験で判断していくしかないので、数をこなすことですね。

あとはAuto-Tuneの効き方なんですが、フレーズによってクセが違ったりすることもあるので、「INPUT TYPE」を切り替えることで反応が変わることがありますね。女性ボーカルであっても「Low Male」にしたりとかその逆もアリだと思います。

ビブラートもカーブを自分で描いてかけることも柔軟にできるので重要ですね。これも書いたときの方が良くなる時とそうでもないときがあるので試してみるといいですね。

ハモを積んでいくとビブラートが揃ってない場合、濁って聞こえてくるので、そのときは線を描いたりします。疲れてくると語尾が下がりがちになるのでそこを持ち上げてあげるだけでも元気な感じになります。ボーカリストによってプラグインの反応が違うこともあるので、ピッチ補正は奥が深いです。

● 村山さんが思う「いいボーカルトラック」とはどんなものですか?
― そうですねぇ…そこに本人のビジョンとか想いとかが伝わるもの…パフォーマンスとはそんなに関係ないとは思うんですけど、そういうものがしっかりしている人はピッチが甘かったとしてもちょっと補正するだけでめちゃめちゃいい歌になりますね。

より良い音楽を伝えるための創意工夫を惜しまないという姿勢がひしひしと感じられたインタビューでした。 物腰が柔らかく、たくさんの経験の中からこちらの質問に合う答えを瞬時に引き出せる姿から、多くの現場での経験から導きだされている確固たるものがあり、やはり経験は大切なんだと改めて感じました。

村山晋一郎

作曲家、編曲家、エンジニア、アーティスト、翻訳家。Sony Music Publishing Japan所属。

R&B、ダンス系からバラード等幅広いジャンルを網羅、年齢もティーンからベテランまで、対象国も韓国、台湾、香港、ヨーロッパ、カナダやアメリカと様々なアーティストの作品に携わる。コーラスや仮歌、最近ではエンジニリングも数多く手がける。

2006年にロサンゼルスに活動の拠点を移し、現地のテレビ番組用劇伴制作、現地インディーズアーティストのプロデュースや新人開発に携わり、当時は日本ではまだ一般的ではなかったコライト形態での共作活動を展開。同時に日本人アーティスト達のロサンゼルスでのレコーディングのコーディネートや現地に滞在する日本人アーティスト達の制作サポート等を手掛け、2021年に帰国。

https://www.shinichiromurayama.com/

福地 智也

Jimmy Nolen、Nile Rodgers等に影響を受け、 Blues, Soul, Funkをこよなく愛す。ギタープレーヤーとして杏里、倖田來未、片瀬那奈、さんみゅ~、楠田亜衣奈等のレコーディング、佐藤康恵のライブに参加、同サポートバンドでは、バンドマスターを務める。ギター 演奏、音楽制作のみならず、楽器、DAWのセミナー、デモンストレーションでは、難しい用語を使わずに、誰にでもわかりやすい内容が評価を受けてい る。 https://www.dopewire.net/